「あの人、打算的だよね」
そう言うとき、なぜか少し見下したニュアンスが混じる。
でも私は思う。打算的な人間の方が、よっぽど信用できる、と。
利害関係ってなんだろう。
簡単に言えば、「あなたと関わることで、私にもメリットがある」という状態だ。
それの何が悪いのか、正直わからない。
むしろ、利害がない関係の方が怖い。なぜ関わっているのかが不明だから。
利害があるから、人は約束を守る。
利害があるから、丁寧に仕事をする。
利害があるから、相手のことを考える。
「好きだから」「善意だから」より、よっぽど安定した土台だ。感情は揺れるが、利害はそう簡単には崩れない。
信頼というのは、「この人は裏切らない」という確信だ。
そしてその確信の根拠として、一番強いのは「裏切ると損をする」という構造だと思っている。
これを聞いて、冷たいと感じる人もいるかもしれない。
でも、逆に聞きたい。
「この人は純粋にいい人だから裏切らない」という根拠で、本当に安心できるだろうか。
人の善意は揺れる。感情は変わる。環境が変われば、人も変わる。
「裏切ると自分が損をする」という構造は、そういう揺らぎに左右されない。感情じゃなく、判断として誠実でいてくれる。
それは侮辱じゃない。むしろ、信頼の一番丈夫な形だと思っている。
「あなたが誠実なのは、あなたの人格のおかげだ」
それだけで信じるより、「あなたには誠実でいる理由がある」と分かっている方が、私はずっと安心できる。
だから私は、利害関係を恥じない。
あなたと関わるのに、ちゃんと理由がある。
あなたも私と関わるのに、ちゃんと理由がある。
それで十分だ。
それで十分、信頼できる。
「打算なき善意」を求める人ほど、裏切られたときに深く傷つく。
幻想を信じていたから。
私は最初から、利害でつながっている。だからこそ、その関係の輪郭がはっきり見える。
どこまで頼れて、どこからは頼れないか。
それが分かる関係の方が、よっぽど安心できる。
社会人なんて、利害関係だ。
でも、だからこそ——信頼できる。